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(1)リンパ球移植が有効な症例と無効な症例
その後の研究でリンパ球移植は夫がHLA-G*010102に加えてG*010101、G*010103、G*010401を妻に対して特異的に固有しているカップルでも有効な事が判明しました。
一方でリンパ球移植が無効な症例が存在する事も明らかになってきました。
まずHLA遺伝子に関しては、夫婦がG*010401を共有している場合です。さらに妻がA*2402, B*5201, Cw*1202, DRB1*1502,
G*010401ハプロタイプ(遺伝子の組み合わせ)の場合は私のクリニックでは生児獲得者が存在しないため、リンパ球移植無効の可能性が高くなっています。同ハプロタイプの日本人の保有率は15%前後で、欧米人の3倍以上の頻度になっています。すなわち、日本人は流産が多い民族ということになります。その理由は混血が進んでいないため遺伝子の多型性が少ないためでしょう。以上のようにリンパ球移植が有効な症例と無効な症例が存在することを研究した論文が米国生殖免疫学会雑誌(Am
J Reproductive Immunology. 58: 383-387, 2007)に掲載されました。エビデンスができた事になります。先のリスクハプロタイプのなかでB*5201(高安病),
DRB1*1502(潰瘍性大腸炎)は膠原病感受性HLA遺伝子です。G*010401にもその可能性があります。となると、同ハプロタイプ症例は自己抗体が陰性でも潜在的自己免疫異常不育症と考えるべきでしょう。となればリンパ球移植の無効は免疫学的に当然で、膠原病感受性HLA遺伝子保有不育症に有効な柴苓湯にチャンスがあります。現在までに自己免疫異常では2例の、同種免疫異常でもリンパ球移植と併用する事で生児出産例がでました。
いずれにしても、従来、自己抗体が陰性の場合は検査費用が高額なため同種免疫異常不育症の検査としてHLA遺伝子検査は省略される事が多かったのですが、リンパ球移植の有効性(ないし無効性)を鑑別診断するために必須の検査と考えるべきでしょう。さらに従来のHLA抗原(二桁表示、例えばDR15は遺伝子ではありません)の夫婦共有制や夫特異性による同種免疫異常不育症の診断法はリンパ球移植が無効な症例を診断していた可能性があることになります。このためリンパ球移植は夫婦の染色体が正常で自己抗体が陰性の全ての不育症が適応になると拡大解釈した方がよいかもしれません。
γδ-Tリンパ球に関しても無効例が明らかになってきました。Vδ1/Vδ2が0.05以下の場合です。リンパ球の情報を仲介するVδ1が少ないとTh1サイトカインの分泌を減少させないためにキラーTリンパ球の細胞障害作用を抑制できないのでしょう。しかし柴苓湯にVδ1誘導作用がある可能性があることが私独自の研究で明らかになりつつあります。このため、Vδ1/Vδ2低値症例でもリンパ球移植、柴苓湯併用療法にチャンスが残っている可能性があります。
(2)リンパ球移植の有効性に対する疑問
1994年に世界的共同研究で米国生殖免疫学会誌に、1999年にOber等が英国のランセットという著名な医学雑誌に夫リンパ球移植の有効性に対する疑問を投げかける論文を発表しました。この論文の発表を契機に夫リンパ球移植が不育症に無効との認識が高まるようになりました。この論文の要旨は二重盲検法によって夫のリンパ球と妻自身のリンパ球を移植した症例の間の生児獲得率に統計学的な差がなかったという内容です。
この二論文がその後、大学病院でさえも不育症診療において同種免疫異常不育症やリンパ球移植を軽視して、免疫療法ではなく単なる凝固抑制療法のアスピリン療法を中心に治療展開するようになり、無効な場合は自己注射が医師法で禁止されているヘパリン療法が究極の不育症治療であるとの間違った認識を広める契機となったのです。
しかし、二論文には研究方法に数々の疑問があります。まず対象です。原因不明不育症が対象ですが診断基準が曖昧で充分な検査が行われたのかが疑問です。なかでも自己免疫異常不育症に対するスクリーニングが不充分です。前述したように、抗リン脂質抗体検査の主流と考えられている抗カルジオリピンβ2GP1複合抗体や抗カルジオリピンIgG,
IgM抗体(MESACUP法)はスクリーニング率が低いため不育症に限れば臨床的に価値のない検査です。全症例にスクリーニング率が高い抗カルジオリピンIgG,
IgM抗体(SRL法)、抗フォスファチジールエタノールアミン抗体、抗フォスファチジールセリン抗体検査が行われた証拠がありません。もし、それらの抗リン脂質抗体が陽性の場合はリンパ球移植は禁忌です。つまり同論文は禁忌症例にも行っている可能性が高いのです。また、同種免疫異常不育症の検査も徹底されていません。前述したように同検査がリンパ球移植無効例に対する診断基準であるとの危惧は別としても、適応に関する検査が全く行われていません。我々が明らかにしたリンパ球移植が無効なA*2402,
B*5201, Cw*1202, DRB1*5201, G*010401ハプロタイプ症例やG*010401夫婦共有例は除外されていません。もちろんVδ1/Vδ2は検査されていません。N-K細胞活性にも言及がありません。
もともと二重盲検法は免疫等の個人差が大きな症例に対して行なわれるのは不適当です。西洋医学は漢方医学のように個人差、性差を全く考慮しません。もっともこのような西洋医学的な姿勢には反省の気運が高まり、個人差を配慮した“オーダーメイド治療”が提唱されるようになっている昨今です。
またこれが最も重要なのですが、流産症例の胎児の染色体検査は行なわれた形跡がありません。リンパ球移植は染色体異常児の流産までは阻止できません。正常染色体児の流産だけが無効と判断できるのです。
以上の論点からリンパ球移植の有効性に疑問を呈した両論文は有効例、無効例、禁忌例がごちゃ混ぜの杜撰な研究方法によって結論を導いており、過去の多数の有効性を報告した論文(ランセットにも少なくとも三編が掲載されています)の結論を否定する価値はありません。私はリンパ球移植には有効な症例と無効な症例が存在する事をHLA遺伝子の観点から研究した論文を世界的共同研究で行なわれた論文が掲載された同じ雑誌に掲載することでエビデンスを示したことは前述しました。自己抗体陽性のHLA遺伝子やγδ-Tリンパ球検査で有効と診断された同種免疫異常不育症を適応とする限りリンパ球移植は最も有効な治療法なのです。
(3)抗HLA抗体
最近、同種免疫異常検査として追加されました。妻が夫精液に含まれる少量のリンパ球によって自らが保有していないHLA遺伝子の抗体を作成するのです。つまり性交はリンパ球移植なのです。クラスⅠ(A , B, Cw)抗体とクラスⅡ(DR, DQ, DP)抗体が測定可能です。私はクラスⅡ抗体が重要と考えています。
本検査はリンパ球混合培養試験(MLC)と類似した検査です。私はMLCの遮断抗体と抗HLA抗体は同じ抗体と推測しています。MLCは夫婦の血液が必要ですが、抗HLA抗体は妻だけで済みます。また検査費用が1/3程度です。リンパ球移植の有効性を診断する有力な検査法です。
本院では本検査の以下のように運用しています。
1. 抗HLAクラスⅡ抗体陰性の場合にリンパ球移植を行う。
2. 1クール終了後に抗HLA抗体を調べ、クラスⅡ抗体が陰性の場合は三ヶ月後に柴苓湯を併用してリンパ球移植を行う。陽性の場合は六ヶ月後に抗HLA抗体を調べクラスⅡ抗体陰性の場合はリンパ球移植を行う。陽性の場合は六ヶ月後に抗HLA抗体を調べる。
妊娠が成立した場合は倍量のリンパ球移植を12週まで行う。
(4)蒼朮柴苓湯と白朮柴苓湯
漢方エキス剤には製薬会社によって構成生薬の成分、量が異なることはあまり知られていません。柴苓湯エキス剤には蒼朮柴苓湯(ツムラ)と白朮柴苓湯(カネボウ)があります。両方剤は構成生薬の"朮"が蒼朮と白朮と異なっているのです。どうしてこのようなことになったのかの理由は定かではありませんが、私は以下のように推測しています。
漢方薬のエキス剤が保険ではじめて認められたメーカーはコタロー社で1967年のことでした。この時認可された方剤のなかで"朮"が配合された当帰芍薬散と五苓散に、コタロー社は白朮(キク科オケラ)を配合しました。同社が原典である約2000年前の後漢時代に書かれた原典の傷寒雑病論(宋代に金匱要略として編纂されました)の朮を白朮と判断したためと思われます。
次いで1976年にツムラ社のエキス顆粒が保険で認められました。この際、同社は"朮"として蒼朮(キク科ホソバオケラ)を配合しました。この理由は日本漢方の伝統を重視したためと考えられます。日本漢方は江戸開幕頃から発展し、本家中国とは異なる独自の発展を遂げました。元禄時代に吉益東洞という日本漢方古方派(私も同派です)の中興の祖が登場しました。吉益は同時代が豊かで食料事情もよかったために体力がある武士・町人が多くなったために、「医術に補法なく瀉法のみ」と"万病一毒論"を唱えて瀉剤的性格が強い蒼朮を採用しました。ツムラ社はこの流れを重視したのです。吉益の理論はその後、漢方医学的に誤りである事が明らかになりました。いずれにしても、吉益は蒼朮が実証の生薬であり、白朮が虚証の生薬であることを認識していたのです。
カネボウ(現クラシエ)社のエキス剤は1981年に薬価収載されましたが、"朮"については最先発メーカーのコタロー社の根拠を踏襲しました。柴苓湯は小柴胡湯と五苓散("朮"配合)の合剤ですがコタロー社には同剤はありません。
エキス剤が保険適応された当初はこの問題が議論されることはありませんでしたが、唐時代に開発された蒼朮と白朮が配合されたという意味で命名された二朮湯(五十肩の薬として有名です、ツムラ社の製剤だけが保険認可されています)が存在する歴史的経緯から、遅くとも6世紀には両者は異なる生薬として認識されていたことになります。
最近になって両生薬の西洋医学的薬理学的作用が異なる事が明らかになり、にわかに脚光を浴びるようになりました。西洋医学的には白朮は蒼朮と比較すると利水作用のなかで抗利尿作用が優れており、また不育症関連薬理作用として血小板凝集阻止作用と免疫作用が存在することがわかりました。さらに動物実験で自己免疫異常と関係したサイトカイン(リンパ球が分泌する小さいホルモン)のIL5を抑制する事実が明らかになりました。このため自己免疫異常不育症には白朮柴苓湯の方が有効性が高い可能性が強くなっています。
漢方医学的には蒼朮は体力があり消化器機能が良い人が適応であるのに対して、白朮は体力がなく消化器機能が弱く(中医学的には脾虚)、気分が落ち込んで(気虚)、多汗の人に有効です。したがって、両柴苓湯は体質によって使い分けをすることで流産の阻止率がより高くなると考えられます。
(5)アスピリンの効能に対する疑問と副作用
アスピリン療法は適応症例が少ないのにも関わらず最も広く行われている不育症治療です。しかし、昨今、その効能に疑問がもたれ、副作用も問題視されるようになっています。
Kutteh等(米国産婦人科学会誌;1996年)はアスピリン単独療法の有効性を疑問視する論文を発表しました。さらにPattison等(同;2000年)は二重盲検試験でアスピリン単独群の生児獲得率はプラセボ群と差はなかったと報告しました。さらに、最近になって抗リン脂質抗体が直接卵子や胎芽を障害する事が明らかになってきました。このような病況では、単なる凝固抑制剤であるアスピリンやヘパリンは全く無効です。抗体量を下げる柴苓湯療法でなければ意味がない事になります。
副作用に関しては動物実験での胎児催奇形性は本文に既述しましたが、妊娠初期のヒトに関しても完全に否定し切れません(Kozer等、米国産婦人科学会雑誌;2002)。また、妊娠後期の心臓の動脈管早期閉鎖早期閉鎖の危険性が報告されています。子宮内での閉鎖は脳への酸素供給が減少するため胎児の脳の発育への悪影響は避けられず、子宮内脳性麻痺発症の原因となる可能性があります。柴苓湯にはアスピリンと同じく血小板凝集阻止作用を有する茯苓と人参、白朮柴苓湯には白朮も加わります。となれば安全上の観点からアスピリン適応症例に対しても柴苓湯がファーストチョイスになる事は疑う余地がありません。

