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不妊症の漢方治療とは?
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漢方薬は不妊症に極めて有効です。但しその運用法や有効機序が正しく理解されているとはいえません。漢方医学は個人差、性差を重視します。このため漢方薬は随証療法という漢方医学独自の診断学に従って処方しなければ治療効果は期待できません。
「証」とは“疾病が生体に与えている状況の総合”ですが、とりあえず病気による体質の変化の診断学と考えて下さい。個人の体質状況によって処方する漢方薬は異なります。従って、同じ病気でも処方される漢方薬が異なるのは勿論のこと、西洋医学的病因が全く異なった病気、例えば、不妊症と高血圧と肝障害と痔に同じ薬を使うことがあります(例:桂枝茯苓丸)。
「証」診断学はその歴史的経緯から多数の学派が存在しますが、現在代表的な学派は“中医派”、“日本漢方古方派”、“日本漢方後世派”です。
假野クリニックでは客観性と再現性に優れている日本漢方古方派の八綱・気・血・水弁証法によって治療しています。 視診、問診、脈診、舌診等の漢方診察によって八綱(虚実、陰陽、表裏、寒熱)、気、血、水、「証」を診断して漢方薬を決定します。西洋医学の「この病気にはこの薬」という発想で、不妊症には温経湯(虚、太陰、裏、寒、お血、血虚)、という処方は間違っています。
温経湯は西洋医が不妊症に好んで処方する方剤ですが、漢方専門医はあまり処方しません。その理由は妊婦に慎重投与を要する下薬(長期に投与すると副作用がある)生薬である“半夏”が含まれていることと「証」が類似した当帰芍薬散(虚、太陰、裏、寒、お血、水毒)という不妊症には歴史的に実績がある方剤が存在するからです。不妊症では婦人科“御三家”の当帰芍薬散・加味逍遥散(虚間、少陽、半表半裏、寒熱中間、気逆、お血、水毒)・桂枝茯苓丸(実、少陽、半表半裏、熱、気逆、お血、水毒)のいずれかの運用で殆どの場合は事足ります。
その他、当帰四逆加呉茱萸生姜湯(虚)、八味地黄丸(虚)、補中益気湯(虚)、人参湯(虚)、柴胡枝乾姜湯(虚)等も処方されることもあります。このなかで実証の適応方剤(瀉剤)が桂枝茯苓丸だけと言う点に注意して下さい。桃核承気湯、通導散等の強い瀉剤は妊孕性を低めたり、流産を起こすことがあるので通常、漢方専門医は処方しません。ところで、漢方方剤はいかなる機序で妊孕性を高めるのでしょうか?
婦人科の専門医でない漢方専門医の多くが不妊症に漢方療法を行っています。それらの医師に有効機序を尋ねると、大抵「決まっているじゃないか、妊娠しやすい体質にするんだよ!」との曖昧な回答が返ってきます。
漢方薬で妊娠するのは卵(卵胞機能、黄体機能)を良くするからなのです。つまり排卵誘発剤と呼ばれているクロミッド、hMG、hCG製剤等と同じ卵巣機能賦活作用があるのです。しかしその薬理作用は若干異なります。冷え、お血、水毒等を改善することで、下垂体から分泌されるFSH,LH、卵巣から分泌される卵胞ホルモン、黄体ホルモンの循環を改善することで卵胞機能、黄体機能、子宮内膜機能を妊娠しやすい環境に改善するのです。
ですから、漢方方剤が効果を果たしているかは卵胞ホルモン、黄体ホルモン等のホルモン検査、卵胞径、子宮内膜厚などの超音波検査によって西洋医学的に検証しなければなりません。「証」診断が間違っていると効果はありません。このため不妊症の漢方療法は婦人科医、できれば不妊の専門医、が行わなければなりません。「体外受精で妊娠しなかったのに漢方薬で妊娠した」と自慢げに話す漢方専門医がいます。不妊症専門医の立場から考えてみるとこの話はちょっと変です。
体外受精は本来、卵管が悪い症例か男性不妊症に対して行われます。漢方で妊娠したということは卵巣機能が悪かったのです。すなわちこの患者さんは体外受精をする必要がなかった人なのです。卵管が完全につまった人や御主人の精子が悪い不妊症の奥さんが漢方薬を服用して妊娠する筈がありません(男性が服用すると精子が良くなる漢方薬はあります)このような矛盾した自慢話をするから優秀な西洋医は漢方を馬鹿にして信用しなくなるのです。漢方を“誉め殺し”にしてはいけません。
クロミッドには頚管粘液を減少させたり、子宮内膜を薄くする不妊作用があります。前者のために精子の子宮通過性が悪くなると人工授精(AIH)をせざるを得なくなります。しかしAIHは子宮内膜の問題を解決できません。クロミッド-AIH療法は不妊症の泥沼化のはじまりです。これでダメだと体外受精に進まざるを得なくなってしまいます。かくして先ほどの、本来、する必要のない人に体外受精をしなければいけなくなってしまうのです。こんなことが起こらないように卵巣機能不全不妊症は漢方薬から始めましょう。
hMG療法の欠点は多数の卵胞が発育してしまうことです。このためせっかく妊娠しても多胎になったり、卵巣が腫れてしまったりします。漢方薬の欠点は上記の二製剤と比較すると治療効果が弱いことです。このためクロミッドでなら一日一錠5日間で良いところを、一日三回、それも毎日服用しなければいけません。しかし漢方薬には“おまけ”があるのです。冷え性、不眠症、肩こり、頭痛等の自律神経失調症が良くなります。時には便秘がなおったり、胃腸の調子が良くなったりします。経済的にもエキス顆粒製剤による保険診療である限り“御三家”は非常に安価です。
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●左:漢方の”御三家” |
先程、体外受精で妊娠しなかった人が漢方薬単独で妊娠した症例は“もともと体外受精の適応ではなかった”人で、本来する必要がなかった人だ、というお話をしましたが、私は最近、体外受精をしてはいけなかったのではと考えられる二症例を経験しました。ともに適応がないのにタイミング療法、ステップアップ療法(人工授精)で妊娠しなかったために体外受精を行った症例です。
一症例目は三回体外受精を行ない、受精率が50%以下で、受精した胚の分割グレードが悪くETしても妊娠しなかった症例です。主治医は「卵子が悪いので妊娠は困難である」と診断しました。
漢方医学的診察を行なうと、血虚を伴う虚証の太陰病でしたので当帰四逆加呉茱萸生姜湯を投与したところ二周期目に妊娠が成立して本稿執筆中現在の妊娠経過は順調です。
二症例目は十回体外受精を行ない二回は妊娠が成立したものの流産に終わりました。この症例も胚のグレードが悪いために、不妊や流産の原因は卵子不良にあると説明されています。
漢方医学的な診察所見は気逆、お血、水毒を伴う上熱下寒の少陽病でしたので加味逍遥散を処方したところ、これも二周期目に妊娠が成立、妊娠経過は順調です。
以上の症例は妊娠したのですから、もともと卵子はよかった事になり、体外受精でかえって胚の分割が悪くなったと考えられます。本来、採卵、卵子の受精、分割は卵管の仕事です。体外受精は人工的に採卵して、人間が考案した人工的な培養液や条件で培養します。つまり、体外受精は“人工卵管”ということになります。現在、人工心臓や人工腎臓が実用化されていますが、その性能は“本物”には遠く及びません。卵管も同じです。本物と同じ機能を持つ人工臓器を作る事は人間の力では不可能と思われます。慢心してはいけません。人間の力が自然の力を上回ることなどあり得ないのです。したがって、人工卵管では良好卵子でも分割のグレードが悪くなってしまうことはあり得るのです。
この症例で確信したことは適応がない症例に体外受精を行なってはいけないという私の考えが間違っていなかったということです。
漢方医は日本漢方派と中国医学派に大別されます。中国には“漢方医学”という名称はなく、“日本式中医”と呼ばれます。日本における漢方医学の曙は江戸開幕期で、その後急速に発展し、それまで主流であった日本医学“和方”に変わって主役に躍り出ました。日本漢方が本場の中国と違って独自の進化を遂げた理由には徳川幕府の鎖国政策の影響がありますが、両国の文化の違いが主因と考えた方がよいでしょう。
日本漢方は実証主義で客観的であるのに対して、中国医学は自然哲学(特に道教)の潤色が強く主観的で権威的です。そのような土壌に加えて20世紀に西洋医学が日本において圧倒的に優勢となる歴史の趨勢によって、西洋医学の評価を巡って両派の距離はさらに広がることになりました。
現代における両医学の決定的な差異は大多数の日本漢方派(私を含めて)は全ての病気は漢方薬だけでは治癒しないと考えるのに対して、大多数の中医派は漢方薬だけで治癒すると頑に信じていることにあります。この認識の差は日中両国の医学制度の違いも原因になっています。現代中国では西洋医学を教育する医学部(医学院)と中国医学(伝統医学、漢方医学)を教育する医学部(中医学院)の二本立てになっています。西洋医学の医師免許では漢方療法はできませんし、中医学の医師免許では西洋薬を処方できない制度なのです。つまり中医派医師は全ての疾病を漢方薬(鍼灸も含みます)で完結しなければならないのです。韓国も同様な医学制度を採用しています。つまり、一つの医師免許で西洋薬も漢方薬も処方できる(しかも保険診療で)医師は日本にしか存在しないのです。このため、日本漢方派は常に両医学の長所、短所を比べたうえで患者個人の病況を考えて良いところを採用しようとする柔軟性があります。さらに漢方薬の有効性を西洋医学的に証明しようとする思考が強いのです。
不妊症の漢方療法においては西洋医学の強い縛りがあります。適応は卵巣機能不全不妊症であるという事です。卵管不妊症、男性不妊症(女性が服用するという意味で)には無効なのです。中医派にはこのような概念がありません。中医は不妊症の原因は“腎虚”にあると考えていますので、方剤は八味地黄丸、六味丸などの補腎剤が処方される機会が多くなります。日本漢方古方派は原因を靤血、水毒による下垂体からのFSH, LH、卵巣からの卵胞ホルモン、黄体ホルモンの循環不全による卵巣機能不全、子宮機能不全を原因と考えて婦人科御三家(当帰芍薬散、加味逍遙散、桂枝茯苓丸)を代表とする駆靤血剤、利水剤を重視します。
治療効果判定にも問題があります。中医派は自覚症状(特に冷え症)の改善をもって有効と判定します。しかし、卵巣機能不全改善を目的としていますので、卵(卵巣機能)の改善をもって有効と診断しなければなりません。このために血中エストラジオール(E2)値、主席卵胞最大径、血中プロゲステロン値(P4)の検査が必要不可欠です。不妊症に漢方療法を行なう場合はその有効性を西洋医学的に検証しなければ意味がないのです。
1. 漢方薬は不妊症に有効である。
2. 有効機序は卵巣機能改善作用にある。
3. 随証療法で運用しなければ効果は期待できない。
4. 有効性は西洋医学的に検証しなければいけない。
5. 不妊症の漢方療法は効果を検証できる婦人科医が行うべきである。
6. 高プロラクチン不妊症、高LH・テストステロン卵巣機能不全不妊症、
7. 早発排卵不妊症には「証」にかかわらず芍薬甘草湯を処方して良い。



