体外受精は究極の不妊治療ではない
体外受精が不妊症の最高の治療法と考えている患者さんは少なくありません。この理由は不妊症の一般的治療法とされるタイミング・ステップアップ療法の最終治療に設定されているからです。最終治療は究極治療という認識です。
本文でも述べましたが、タイミング・ステップアップ療法は適応学的に問題があり、同じ適応の疾患に対する治療の濃度を上げると云う意味ではないため名称的に不適当です。このように問題がある治療展開がどうして定着したのでしょう?
不妊症診療の商業主義化と深い関係があります。体外受精が開発される以前は不妊症専門医は数える程しか存在しませんでしたが、産科医療の荒廃に伴って産婦人科医の“立ち去り型サボタージュ”による開業が激増しました。ところが、実質的な診療報酬の引き下げが断続的に行なわれたため、保険診療を主とする病床を持たない婦人科ビル開業では人工授精や体外受精等の自費診療の不妊症治療を行わなければ経営的に成り立たたない状況になっていたのです。このため、不妊症専門医は一気に増えて体外受精開発以前の10倍以上になりました。しかし、受診患者さんは増えませんでした。むしろバブルの崩壊という社会的理由で減少しました。このためパイを取り合う事態となったのです。バブル崩壊後は全ての業界で収益率が最優先されました。収益率をあげるには治療を最も収益が大きい体外受精に誘導する必要がありました。このような経済的理由によって体外受精が究極の不妊治療に祭り上げられたのです。
体外受精は「人工卵管治療」です。本来、卵管が行なうべき採卵、卵子の培養、受精卵の培養を人工的に行う治療だからです。人工臓器治療で現在臨床応用されているのは、人工心臓と人工腎臓(透析)です。当初、前者は生理機能を伴わない単なるポンプですから実臓器と同じ機能を果たす人工心臓を作る事は簡単と考えられましたが、現実には不可能でした。人工腎臓については当初から実臓器機能の完全代行は困難と考えられてきました。週2〜3回の数時間かかる透析を受ける事は患者さんにとって大変な負担です。このため、心臓、腎臓人工臓器治療は臓器移植にステップアップせざるを得なかったのです。
腎臓移植は最近悪い意味で話題になっていますが、そのなかで驚くべき事が分かりました。摘出しなければいけない腎臓を移植しても透析をしなくてもよくなったという事実です。つまり人工腎臓は重症の病気の腎臓よりも大幅に機能が劣るのです。
以上の人工臓器治療の趨勢から考えて生理機能も代行しなければならない「人工卵管」治療が実卵管と同等な機能を果たすとはとうてい考えられません。人工腎臓並のハンディキャップがあると考えるべきでしょう。
具体的に「人工卵管」治療の問題点を考えていきましょう。まず、採卵です。自然排卵の場合は卵巣内で完熟した卵子が排出されます。リンゴに例えるとわかりやすくなります。完熟したリンゴが自然落下するのは子孫を残すための生殖行為です。卵子に相当する種が土に落下して根を張るための栄養を完熟果肉が保証します。ところが体外受精ではまだ卵巣内に存在する卵子を採取します。リンゴに例えれば青い未熟な果実を無理矢理摘果するのと同じです。この時点で、その後の卵子の発育、受精、分割に大きなハンディキャップが生じます。
![]() ●完熟リンゴ |
第三のハンディキャップは培養温度です。卵子や胚が存在する時期の卵管の温度環境は黄体ホルモンの作用で37.0℃に維持されています。卵管に卵子、胚が存在する時期に、例えば風邪等で女性が38.0℃以上に発熱した場合は、胚は死滅します。胚の発育はそれ程、温度に敏感なのです。体外受精ではインキュベーター(温蔵庫)で卵子、胚を培養します。インキュベーターは設定温度以下になるとセンサーが作動してヒーターが加熱して温度を維持します。つまり、卵管と違って温度の変動が不可避なのです。また、受精や胚分割の確認のためインキュベーターからクリーンベンチに移動する必要があります。この時、室内温度が37.0℃では医師や培養士は暑くて仕事ができません。この行程でも短時間ながら急激な温度低下が避けられません。
以上のハンディキャップから「人工卵管」が実卵管の機能に匹敵する事は生理的にあり得ないのです。
体外受精の適応として女性の高齢が理由にされることがあります。「あなたは高齢だから卵管と御主人が正常でも体外受精の方が有利です」と説明されます。多くの患者さんはこの説明に疑問を感じません。体外受精が女性の加齢による卵子の劣化を改善すると信じているからです。
しかしながら、誠に残念なことに、卵子を優良化する治療法は存在しません。複数の卵胞を発育させるので自然排卵より優良卵子(しかし青リンゴの段階です)を採卵する可能性を否定できませんが、むしろ、前述した三点のハンディキャップによって卵子や胚を劣化する可能性が高いので、デメリットよりメリットが高いとはいえません。
私は卵管と精子が正常で体外受精を10回、3回受けて胚のグレード不足のため「あなたの卵巣にはもう優良卵子がないから諦めなさい」と説明された、共に33歳の患者さんに漢方薬だけをそれぞれ一ヶ月、二ヶ月投与して、妊娠が成立して生児を分娩した症例の経過を日本東洋医学会雑誌に投稿して受理され9月号に掲載されます。この二症例の胚のグレードが悪かったのは「人工卵管」のためです。もともと体外受精をしてはいけない人だったのです。高齢だから体外受精が有利という考えは誤りです。
体外受精は胎児の異常発現のリスクを避けられません。胎児異常発生の原因はもちろん既述のハンディキャップに起因します。しかし、光刺激のリスクがより大きいのです。皆さんは妊娠中に薬物を服用したり、レントゲンを被爆すると胎児が原因になると考えているでしょうが、ヒトで催奇形性が証明されている薬物はほとんどありません。また、妊娠悪阻を胃腸障害と誤診されて行われた胃十二指腸造影によって胎児異常発生が有意に高くなる事実を報告した論文はありません。
動物実験で胎児奇形の原因になることが明らかになっているのは光刺激と高温刺激です。卵管の卵子のピックアップ、卵子、胚培養は暗黒世界で行われます。これが自然なのです。しかし、体外受精はリスクのある光照射を行わねば遂行できません。卵子の確認、受精、胚分割の診断のためです。その回数は少なくとも3回です。このため、胎児異常の発生率は自然妊娠より高くなります。体外受精の流産児の染色体異常発生率は70%以上との報告があります。自然妊娠の場合は私独自の文献考察で1回の流産で57%、2回目で41%です。異常児は流産で淘汰されるので出生児の異常リスクは自然妊娠と変わらないとの主張がありますが、私は賛成できません。体外受精に起因する胎児異常の報告は商業主義の汚染のため過小評価されている可能性が高いのです。
以上、体外受精の問題点を述べてきました。結論として言える事は、体外受精は卵管不妊症、人工授精無効男性不妊症に仕方なく行なう治療でしかなく、究極の不妊治療でははないのです。人力(ART)が自然(NATURE)を凌駕する事などあり得ない事を再認識すべきでしょう。
ギリシャ時代の数学者ユークリッドは言いました「幾何学に王道はない」。不妊症にも全ての患者さんに共通した究極の治療法は存在しないのです。


